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千葉地方裁判所 昭和52年(ワ)403号 判決 1990年1月31日

原告 新東京国際空港公団

代理人 今井文雄 真智稔 和田衞 石川和博 ほか一名

被告 三里塚芝山連合空港反対同盟

主文

一  被告は別紙物件目録記載の各鉄塔を除去せよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、新東京国際空港公団法(以下「公団法」という。)に基づき設立された法人であり、新東京国際空港(以下「本件空港」という。)の設置者である。

2  被告は、千葉県成田市に新空港が設置されることに絶対反対することを目的として、同市三里塚、同県山武郡芝山町その他新空港予定地内の住民の一部(当時は約一〇〇〇名と称されていた。)により昭和四一年ころ結成された団体であり、その組織は、代表役員として委員長が置かれ、その下に事務局、行動隊、青年行動隊、婦人行動隊、老人行動隊の機構と、副委員長、事務局長、上記各行動隊の隊長等の役職が置かれており、委員長、副委員長、事務局長及び各行動隊長並びに事務局員中の会計責任者及び連絡責任者が幹部会を構成し、更に右幹部会員及び各部落ごとに二名ずつ任期一年で選出される実行委員をもつて実行役員会が構成されており、被告の行う活動の基本方針は、通常、実行委員会に諮つた上、幹部会において決定している。被告は、その資金を反対同盟員から一人毎月三〇〇円ずつ徴収する会費及び支援者からの寄付によつて賄つており、その委員長には、結成以来戸村一作が選任されている。被告の構成員は、その機関の決定に従い、本件空港の建設に絶対反対する意思を集団行動等により表明している。

以上のとおり、被告は、委員長がこれを代表するいわゆる権利能力のない社団である。

3  原告は、昭和四一年一二月一三日成田空港の工事実施計画の認可申請をし、運輸大臣は同四二年一月二三日これを認可(以下「本件認可」という。)し、同月三〇日運輸省告示三〇号をもつて飛行場の位置及び範囲、着陸帯、進入区域、進入表面、転移表面、水平表面、供用開始の予定時期等を告示(以下「本件告示」という。)した。

ところで、航空法五六条において準用する同法四九条一項は、何人も、公共の用に供する飛行場について同法四〇条の告示があつた後においては、その告示で示された進入表面の上に出る高さの建造物等を設置してはならない旨、また、同条二項は、飛行場の設置者は、前項の規定に違反して設置した物件の所有者等に対し、当該物件を除去すべきことを求めることができる旨規定している。

4  被告は、昭和四六年五月中旬ころ、別紙物件目録一記載の土地上に同目録記載の鉄塔一基(以下「第一鉄塔」という。)を、昭和四七年三月下旬ころ、別紙物件目録二記載の土地上に同目録記載の鉄塔一基(以下「第二鉄塔」という。)(また、第一鉄塔と第二鉄塔を併せて以下「本件鉄塔」という。)をそれぞれ設置し、これを所有している。

5  第一鉄塔は、別紙図1中<A>と表示してある地点に存在し、ハ及びニを結ぶ直線の中心点<C>を基準とすれば、ル及びヲを結ぶ直線の中心点<D>を見通した線の左〇度四二分の方向、一〇三九・八二メートルの距離にあり、したがつて進入区域内に存し、またその高さは、地表から三〇・八二メートルである。他方、<C>点と<A>点との標高差は〇・九四メートル、<A>点における進入表面の高さは<C>点を基準とした水平面から二〇・七九メートルであるから、結局第一鉄塔は一〇・九七メートル進入表面の上に出ていることになる(別紙図2参照)。

第二鉄塔は別紙図1中<B>と表示されてある地点に所在し、前記進入区域内のハ及びニを結ぶ直線の中心点<C>を基準とすれば、ル及びヲを結ぶ直線の中心点<D>を見通した線の左一度〇四分の方向、七五七・七三メートルの距離にあり、したがつて同じく進入区域内に存し、またその高さは、地表から六二・二六メートルである。他方、<C>点と<B>点との標高差はマイナス六・六四メートル、<B>点の進入表面の高さは<C>点を基準とした水平面から一五・一五メートルであるから、結局、第二鉄塔は四〇・四七メートル進入表面の上に出ていることになる(別紙図2参照)。

以上のとおり、本件鉄塔は、いずれも本件告示による進入表面の上に出る高さの建造物であり、航空法五六条において準用する同法四九条一項の禁止規定に牴触するものである。

よつて、原告は、被告に対し、航空法五六条で準用する同法四九条二項の規定により、右各鉄塔の除去を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。ただし、航空法五六条において準用する同法四九条一、二項の法的効力並びに解釈については争う。

4  同4の事実のうち、被告が本件鉄塔を設置した事実は認めるが、被告はその共有持分を有しているものの本件鉄塔の共有者は被告以外にも多数存在するので、被告が単独所有しているとの点は否認する。

5  同5は争う。本件鉄塔は必ずしも航空法の規定に違反するものではない。また、本件鉄塔は本件告示に違反する建造物ではなく構造上一体をなすものではない。

三  抗弁

1  (航空法の違憲性)

航空法四九条一項は憲法二九条一項、三項、三一条に違反し、無効である。

土地所有権の内容にはその土地上の空中の利用権も含まれるところ、本件告示は本件空港の着陸帯周辺の土地の所有者から、その所有権の内容である空中利用権を公共の名のもとに無償で土地収用手続きを経ることなしに奪い、同人らに特別の犠牲を課し、原告に無償で空中利用権を付与するものであるから、土地所有者に対しては、憲法二九条三項により、正当な補償をすることを要する。それにもかかわらず、航空法四九条一項による空中利用権の制限、剥奪について同法五〇条一項は、進入表面からの距離が一〇メートル未満の土地に限り補償する旨規定し、しかも一〇メートル未満の土地についても同条項による政令が定められていない。したがつて、航空法四九条二項は、憲法二九条一項、三項、三一条に違反する違憲、無効の規定であり、これに基づく妨害物除去請求権は不存在である。

2  (実質的進入表面の変化)

本件空港のA滑走路南側の実質的な進入表面は、次のとおり四〇〇〇メートルの滑走路を七五〇メートル短縮したことにより進入表面が定められた地点から北側に七五〇メートル寄つた地点を着陸帯の短辺として考えるべきであり、したがつて本件鉄塔に対する除去請求権は発生しない。

原告はA滑走路南側用地の任意買収に失敗し、四〇〇〇メートルのA滑走路を取りあえず七五〇メートル短縮して供用することとし、それに伴い飛行場標識施設、航空保安無線施設、航空灯火の一部を七五〇メートル内側へ移設した(実際には暫定措置としてミドルマーカは移設された滑走路末端から九九七メートルの位置に設置され、インナマーカは設置されていない。)。原告はそのための工事を航空法所定の工事実施計画の変更認可を受けることなく無断で行い、また工事着工後に運輸省令六三号により航空法三九条一項の正規の設置基準を改定のうえ、昭和四七年六月、右基準による運輸大臣の承認(航空法施行規則七九条二項。以下「本件承認」という。)を受けている。

3  (手続違反)

本件空港は次のとおり正当な法的手続きを欠いて設置され、航空法及び公団法による公共用飛行場とは言えない空港であり、原告を公共用飛行場の設置者とは言えない。したがつて本件除去請求権を不存在である。

本件空港の位置を千葉県成田市三里塚町を中心とする地区とするという決定は、昭和四一年七月四日、「新東京国際空港公団の位置及び規模について」と題する、<1>新東京空港公団の位置は、千葉県成田市三里塚町を中心とする地区とする。<2>新東京国際空港公団の敷地面積は一〇六〇ヘクタール程度とする。との閣議決定でなされた。当時公団法の規定で施行されていたのは同法二条だけであるので、本件空港の位置決定は航空法にしたがい、内閣が運輸大臣に許可申請をして運輸大臣が審査のうえ公聴会を開催すべきであつた(航空法三八条、三九条)のに、前記決定は右手続きを無視して行われたものである。

本件空港の基本的法律である公団法は、施行期日の政令(政令第二四六号)が右閣議決定を受けて昭和四一年七月五日に制定公布され、同月七日から施行されることとなつた。そして運輸大臣の指名により一四名の設立委員を任命し、総裁となるべき者を指名し、同月一四日に設立の準備が完了し、翌一五日に政府に対し出資金の払込みの請求が、同月三〇日右出資金の払込みがなされ、同日設立の登記がなされて公団法附則五条の規定により原告が成立した。

しかし、公団法附則八条は、原告の最初の事業年度が昭和四一年三月三一日に終わることを要求しているのであり、右原告の成立はこれに違反している。

また、原告は、昭和四一年七月三〇日、業務開始の法定要件である公団法二四条の規定による業務方法書の認可を運輸大臣から受けることなく、本件空港の建設に関する業務を開始し、認可を受ける昭和四六年一二月一日まで五年間にわたり無認可業務を行つた。

4  (事業認定の失効)

本件空港は続行されるべき空港工事(いわゆる二期工事)が不能となつた結果、原告の本件鉄塔についての除去請求権は存在しないこととなつた。

本件空港は、現在暫定的に開港しているに過ぎず、二期工事をしなければ国際空港の資格を有することはできないが、工事予定区域内には多数の空港反対の権利者が存在し、用地収用のためには収用裁決以外に方法はない。

ところで収用裁決には、権利取得裁決と明渡裁決の二種類があり(土地収用法四七条の二第二項)、権利取得裁決の申請は事業認定の告示があつた日から一年以内に、明渡裁決の申立ては事業認定の告示があつた日から四年以内にしなければならず、期限内に右申請や申立てがない場合はいずれの場合も事業の認定は期間満了の日の翌日から将来に向かつて効力を失うとされている。(同法二九条一項、二項)。

本件空港においては、二期工事に関する権利取得裁決の申請は昭和四五年一二月一六日までに、明渡裁決の申立ては同四八年一二月一六日までに、それぞれなされているが、それ以来既に一〇年ないし七年を経過している。

前記期限を定めた趣旨からして、申請又は申立てがされてから四年以内にその裁決がなされない場合にはその申請又は申立ては失効すると解するべきである。したがつて、本件空港の二期工事の権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立ては、事業認定の告示のあつた日である昭和四四年一二月一六日から四年を経過した昭和四八年一二月一六日の経過により失効し、土地収用法二九条一、二項により事業の認定は失効したと解するのが相当である。

したがつて本件空港が適法な国際空港の資格を得る見込みは失われたものであり、原告の本件鉄塔についての除去請求権も存在しない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(航空法の違憲性)については争う。

航空法四九条一項の規定による制限は、公共用飛行場における航空機の航行の安全を確保するために、その周辺の土地等の所有者等が当然に受忍すべき制限を定めたものであつて、特定の人に対し財産上の特別の犠牲を強いるものではないから、憲法二九条三項による補償を要する規制には該当しない。したがつて航空法四九条一項の規定は憲法二九条には違反しない。そして被告らの主張する空中利用権なる概念は、いまだ学説、判例上確立されたものではない。

2  抗弁2(実質的進入表面の変化)について

原告がA滑走路南側用地を任意買収で取得できなかつたこと、飛行場標識施設、航空保安無線施設のILS、航空灯火の一部を七五〇メートル内側へ移設した(実際には暫定措置としてミドルマーカは移設された滑走路南端から九九七メートルの位置に移設され、インナマーカは設置されていない)こと、航空灯火の移設工事は昭和四六年七月に着手されて同四九年三月に終了し、ILSは同四七年二月に終了し、飛行場標識施設は同四七年八月に終了し、これらに対する航空法による工事実施計画の変更認可を受けたのは、ILSについては昭和四七年七月、航空灯火、飛行場標識施設については同五一年一一月であつて認可に先行して工事が行われたこと、着工後である昭和四六年一一月に運輸省令六三号により改定された航空法施行規則七九条二項の設置基準により同四七年六月に右基準による本件承認を得たことは認め、その余は争う。

航空法上の着陸帯は、航空機が滑走路に侵入する場合の安全を確保するためばかりでなく、離陸する際の安全をも確保するためのものであり、本件空港においてはA滑走路を北に向かつての離陸並びに南へ向かつての離陸及び着陸については右滑走路が四〇〇〇メートル滑走路であることを前提として航空機の運航が行われておりこれに対応する着陸帯が必要なのであり、被告の主張は失当である。

3  抗弁3(手続違反)については争う。

昭和四一年七月七日公団法の全面施行による同法附則一〇条の発効に伴い航空法の一部が改正され、原告は同法三八条一、二項の適用を受けないこととなつたので、右所定の許可手続きを履践しなかつたことは当然である。なお、閣議とは行政指針決定の場であり、閣議決定に際し公聴会の開催が義務付けられているものではない。

また、同法五五条の三第一項により、新空港の設置にあたつては、公団法二一条の基本計画に基づいて工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を要することとなり、右認可手続きについては航空法三九条一、二項の審査及び公聴会に関する規定が準用されるところ、原告は右規定にしたがい昭和四一年一二月一三日、運輸大臣に対し認可申請をし、右大臣は昭和四二年一月一〇日、航空法三九条二項所定の公聴会を千葉県庁において開催し、本件空港の設置に関し利害関係を有する者から意見を聴いて慎重に検討した結果、同年一月二三日、右申請を認可した。この認可によつて本件空港の位置は法的に決定されたのであり、その決定に瑕疵はない。

次に、公団法附則八条の規定は、単に最初の事業年度の期間を明確にする趣旨の確認的技術規定であり、原告の設立を昭和四一年三月三一日以前に行うことまでも義務づけている規定ではなく、原告の成立(同附則五条)に違法な点はない。

最後に、公団法二四条一項において、義務方法書の作成を義務付けている趣旨は、同法二〇条に基づき、原告の主要な義務につき、その遂行の基本方式、手段、手順等を予め決め運輸大臣の認可に係らしめることによつて円滑、適正をはかるものであり、業務方法書は原告の事実行為についての内部の基準に過ぎず、その作成の有無は対外的効力に消長をきたさない。

4  抗弁4(事業認定の失効)については争う。

土地収用法に基づき新東京国際空港建設事業に係る事業認定の告示は昭和四四年一二月一六日になされ、収用裁決の申請と明渡裁決の申立てはそれぞれ昭和四五年一二月一五日及び昭和四八年一一月三〇日までになされており、いずれも同法二九条一、二項に規定する期限内であるから、被告の主張は失当である。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因事実について

航空法五六条において準用する同法四九条第一項は、公共の用に供する飛行場について同法四〇条の告示のあつた後においては、その告示で示された進入表面、転移表面又は水平表面の上に出る高さの建造物等の物件を設置等することを禁止し、同条二項ではこれに違反して設置等された物件について、飛行場の設置者から右物件の所有者等に対する除去請求権を定めている。そこで考察するに、

1  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

なお、<証拠略>によれば、被告の右組織は、結成当時のものであり、戸村一作死亡後、現在は委員長は空席で事務局長の北原鉱治が代表者となつていることが認められる。

同3の事実(航空法四九条一、二項の法的効力並びに解釈を除く。)は当事者間に争いがない。

同4の事実のうち、被告が本件鉄塔を設置した事実は当事者間に争いがない。

2  同1の事実は<証拠略>によりこれを認めることができる。

3  同4の事実のうち、本件鉄塔の所有者について争いがあるので検討する。

(一)  ところで被告が本件鉄塔を設置した事実は当事者間に争いがないので、特別の事情がない限り本件鉄塔は被告の所有物と認定するのが相当であるところ、被告は本件鉄塔が被告を含む多数の共有者による共有物件であると主張するので、右について考察する。

(二)  <証拠略>によると、以下の事実が認められる。

被告は、結成以来本件空港建設に絶対反対する意思を表明し、集会やデモ、座り込み等に加えて機動隊員、原告職員らに対し石、火焔ビン、糞尿等を投げつけたり棒、竹槍等で殴りかかる等の実力行動を行うことによつて本件空港建設阻止を図つてきた。

被告は、当時の被告の会計担当の岩澤吉井の提案により、本件空港建設及び航空機の航行を妨害する目的で第一鉄塔を建設することを決定し、昭和四六年五月、右岩澤所有の本件一の土地に、被告同盟員の石井新二の指導により主に岩山部落民が労力を提供して建設した。建設費用は約二八万円を要したが、全額被告が負担した。続いて被告は、第一鉄塔より大きい鉄塔を作ることを決定し、第二鉄塔を、昭和四七年二月から三月にかけて、被告が麻生清一から買い受けて当時の反対同盟員である木内武所有名義とした本件二の土地に、東京から来た技術者の指導により被告同盟員及び支援の学生の労力の提供を受けて建設した。建設費用は土地買収費を含めて約五〇〇万円かかつたが、被告が全額負担した。

被告は、本件鉄塔の存在が、それによる航空機の航行の現実の支障の発生とともに、空港反対運動及び団結のシンボルとして被告同盟員及び支援者に対する精神的支えの意味を有することを重く見て、これを利用しての反対運動の高揚を図つた。それが第二鉄塔の共有化運動であり、右運動が第二鉄塔建設の直後から開始された。これは、共有者として大勢の名前を掲げることが原告や政府運輸省に対する圧迫になり、空港反対運動として効果があると考えられたものである。後に始まる共有札運動、ステツカー張り、共有名義人から原告総裁に対する内容証明郵便の送付、第二鉄塔中程に後に築造された小屋(「共有者の家」又は「空中団結小屋」と呼ばれた。)の共有名義による保存登記の申請等の運動もその延長上にある。

共有化運動では、被告は第二鉄塔の持分を一口一〇〇円の一〇万口とし、その機関紙等を通じて全国に本件鉄塔の反対運動における前記意味を宣伝した上、右運動に対する支援、すなわち賛同する者には住所氏名と希望する口数を所定の用紙(持分の売主を被告代表者戸村一作として。契約日時、買主を書込むようにした売渡証)に記入して提出し、右口数に相当する額の金員を納入することを呼びかけた。共有札運動も同様に、賛同者は二枚一組みで五〇〇円の木製の札を購入してこれに氏名を記載し、一枚は購入者が保有して一枚は第二鉄塔にぶら下げることを内容とするものであつた。

そして、被告は全国の共有化運動の賛同者から前記売渡証に買主として口数、金額及び契約日並びに住所、氏名を書き込み、金員とともに送付又は持参されたものについて共有者の氏名、住所、共有持分の口数及び契約日を記入した鉄塔共有者の名簿を作成した(但し、右名簿の完全なものは残つていない。)。右賛同者の一部は右共有化を対外的に表示するために原告総裁あてに第二鉄塔の共有者であることを内容証明郵便で通知したりした。さらに原告側が本件鉄塔除去の仮処分申請の準備を始めると、被告の要請に応じてこれらの賛同者の一部は、被告の指定する弁護士を法的手続における代理人として委任すべく白紙委任状を提出したり、前記のとおり第二鉄塔内の小屋につき共有名義の登記申請が行われ、後には本件鉄塔が仮処分で除去されたことに対する国家賠償請求訴訟が提起された際に、共有化運動の賛同者の一部が名前を連ねている。

以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上の認定事実に基づくと、被告は第二鉄塔の共有化運動を進め、賛同者との間で第二鉄塔について被告の持分を分割して右賛同者に売渡す旨の受渡証を作成し、共有者名簿に名前を登載し、また共有者としての各種の書面が作成されていることが認められるが、被告が作成した鉄塔共有者名簿が完全な形で残つておらず、したがつて右共有者の氏名、持分の口数が全体的に明らかでないのであるから、前記の事実でもつては第二鉄塔が被告と他の共有者らとの共有物件であることを証拠上確定することが困難ではあると言わねばならないうえ、そもそも被告が展開した共有化運動なるものは、被告の空港反対運動の活動方針の一環として、本件鉄塔の存在による空港反対運動の高揚を一層進めて空港建設の妨害を図るとともに空港反対運動に対する資金を集める目的で第二鉄塔の共有化運動を推進したものであつて、被告と賛同者との間に真実第二鉄塔の所有権を共有化して被告の持分を賛同者に譲渡し、賛同者もその譲渡を受ける意思のもとにしたものではなく、これらの者は被告の運動方針に共鳴してそれに協力する意図を持つていたので、その方便として被告と共に第二鉄塔の共有持分権の譲渡との名目で売渡証や共有者名簿等の書類を作成し、その協力資金として金員を支払つたものであるとみることができる。このことはまた、前掲証拠によつて認められるように、被告同盟員らは(その多くは共有化運動等に加わつてはいたが)、共有化運動等による金員の払い込みの実質は被告に対するカンパであり第二鉄塔は被告に帰属するものと考えていた事実、被告同盟員らが当番表を作成して交代で第二鉄塔内の小屋に泊まり込んで管理を行つていた事実、これに対し共有化運動の賛同者は、千葉県近郊に居住している者は管理活動に参加することもあつたが、遠隔地の者の多くは現地にも来ていない事実によつて裏付けられるところである。したがつて前記共有持分の譲渡の書面や共有者名簿等の書類は、事実の所有権は被告に帰属し続けているにもかかわらず第二鉄塔について共有者があることの外観を作出するための仮装のものであるとみるのが相当であるから、右のものらを真実の共有者とは認め難いといわねばならない。

以上の次第であるから、本件鉄塔が被告を含む他の共有者らとの共有物件であるとする被告の主張は採用できず、したがつて前記のとおり本件鉄塔の所有者は被告であると認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。

4  同5の事実については<証拠略>によると、これを認めることができる。

5  以上のとおり、請求原因事実はすべて認められるので、原告の除去請求権が発生するものと認められる。

二  抗弁について

1  抗弁1(航空法の違憲性)について

航空法五六条の準用にかかる同法四九条一項は、航空機が安全に離着陸するためには飛行場周辺の一定の空間を無障害物の状態にしておく必要があるために設けられた規定であり、公共用飛行場に離着陸する航空機の航行の安全を確保するという高度な公共の利益の実現のため、飛行場周辺の土地の利用について一般的な制限を課するものであり、また右制限の程度は必要かつ合理的なものと認めることができる。したがつて右制限は、飛行場周辺の土地の所有者等にとつては、その財産権に内在する制約として受忍限度内のものであり、特別の犠牲を課するものではないと解すべきであるから、同条項に損失補償の規定がなくても、憲法二九条、三一条に違反することにはならない。

したがつて航空法五〇条一項においては、進入表面からの距離が一〇メートル未満の土地についてのみ損失補償規定が置かれ右距離以上の土地について損失補償規定が置かれていないが、それは立法政策によるものであると考えるべきであるから、同条項もまた憲法二九条、三一条に違反するものではない。

被告の主張は失当である。

2  抗弁2(実質的進入表面の変化)について

原告がA滑走路南側用地を任意買収で取得できず飛行場標識施設、航空保安無線施設、航空灯火の一部を七五〇メートル内側へ移設したこと、右工事は運輸大臣による計画変更認可を得る前に行つたこと、右工事着工後運輸省令により改定された基準により昭和四七年六月に本件承認を得たことについては当事者間に争いがない。

<証拠略>によると、飛行場における進入表面とは、航空機の着陸のための安全ないし空域確保のためだけでなく、離陸のための安全ないし空域確保のためにも設けられること、前記のとおり諸施設を七五〇メートル内側(北側)に移設したことにより、南側から北側へ向かつての着陸については四〇〇〇メートルのA滑走路を三二五〇メートルのものとして使用しているが、南側から北側へ向かつての離陸及び北側から南側へ向かつての離着陸については四〇〇〇メートルの滑走路として使用していることを認めることができる。

したがつて、原告が本件空港の飛行場標識施設、航空保安無線施設、航空灯火の一部をA滑走路の内側七五〇メートル内に移設しても、原告がA滑走路を四〇〇〇メートル滑走路として使用していることには変更がないのであるから、前記のとおり本件承認を受けたことによつて本件告示によつて確定した進入表面が変化するものではなく、原告の除去請求権の存否には影響はない。なお、右移設工事について運輸大臣の認可を得る前に工事を事実上行つてしまつたことは当事者間に争いがないが、<証拠略>によると、右工事については正規の手続きをとるのは遅れたものの、現実には運輸省の行政指導のもとに原告が行つたものであることを認めることができ、右遅延をもつて右工事が原告により独断で行われた杜撰なものである等の問題性を持つことを意味するとみることはできず、これをもつて原告の除去請求権の存否に影響を及ぼすということはできない。

3  抗弁3(手続違反)について

<証拠略>によると、原告は航空法五五条の三に基づき工事実施計画を作成し、昭和四一年一二月一三日に、運輸大臣に対し、その認可申請を行つた。これに対し、運輸大臣は同条二項で準用する同法三九条二項の規定により、昭和四二年一月一〇日、千葉県庁において公聴会を開催して、本件空港の設置に関し利害関係を有する者から、右設置に関する意見を聴取し、審査のうえ認可を行つた事実を認めることができる。

また、<証拠略>によると原告は昭和四一年七月三〇日に設立されたことを認めることができるのであり、前記認定のとおり、本件空港の設置者は原告であるから、航空法所定の手続きを原告が右のとおり正当に行つている以上、被告の主張は失当である。

なお、被告のその余の主張は独自の見解であり採用できない。

4  抗弁4(事業認定の失効)について

被告の右主張は、権利取得裁決の申請、明渡裁決の申立てから四年以内に裁決がなされない場合にはその申請又は申立て自体が失効することを前提とする。しかし、右前提は、土地収用法上なんらの根拠がなく独自の見解というべきであり、採用できない。原告が本件空港建設についての権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立てを所定の期限内に行つている(このことは当事者間に争いがない。)以上、右申請及び申立ては適法というべきであり、二期工事が不能になつたとは到底言うことができない。

したがつて被告の主張は失当である。

5  以上のとおり、被告の抗弁はいずれも理由がない。

三  結論

よつて、原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平 難波孝一 櫻井佐英)

物件目録

一 千葉県山武郡芝山町岩山字金垣一八八二番二所在

鉄塔(高さ三〇・八二メートル)一基(別紙図1、2中<A>表示の物件)

二 同県同郡同町岩山字押堀一八九八番九所在

鉄塔(高さ六二・二六メートル)一基(別紙図1、2中<B>表示の物件)

図1 妨害鉄塔位置関係図<省略>

図2 妨害鉄塔高さ関係図<省略>

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